ムード製造機
偉大なる発明家であるエフ氏がまた世紀の大発明をした。エフ氏はすぐに自らの発明をマスコミに公表した。反響はすぐに彼のもとに届き、彼の研究所には連日のように世紀の大発明品を手に入れたいという学者たちが訪れるようになった。学者だけでなく、一般庶民も多く研究所を訪れた。
今日もまた、一人の主婦がエフ氏の研究所を訪れた。
「ようこそいらっしゃいました。今日はどのようなご用件ですか?」
エフ氏は愛想のいい笑顔で言った。
「博士の偉大なる発明をニュースで知りました。私にもぜひその便利な発明品を売っていただきたいと思いまして」
「そうですか。まあ、こんなところで話すのもなんですので、奥の部屋で落ち着いてお話しましょう」
二人は応接室に移動した。
応接室にはクーラーが適度に効いていて、暑い中をわざわざ長い時間をかけてやってきた女には快適だった。
「博士の発明品を使えば、その場の雰囲気を自分の好きなように変えられるんですよね?」
「そうです。(ムード製造機)は日常のあらゆる場面で効果を発揮します。たとえば、退屈な会議のときにこれで明るいムードをつくれば、より有意義な議論ができます。勇気がなくて異性に積極的になれない人がこれでラブラブムードをつくれば、恋人との距離が一気に縮まります。また、基本的な原理は普通のエアコンと同じなので、エアコンとしてもお使いいただけます」
エフ氏の説明に、女の目は次第に輝いた。しかし、一つだけ気がかりなことがあるようだった。
「あのぅ・・・お値段のほうはおいくらになるのでしょう?」
「開発にかかったコストなどを考えると、そうですね・・・三万円にしておきましょうか」
「そんなに安く売っていただけるんですか!博士の偉大なる発明がたったの三万で手に入るなんて、本当に夢のようです。ちょうど今持ち合わせがあるので、ここで売っていただけますか?」
「ええ、結構ですよ。ちょっと待っていてください。商品をお持ちしますから」
そう言って、エフ氏はいったん部屋を出た。
エフ氏が戻るのを待っている間も、女の胸は高鳴りつづけていた。あれさえあれば、ここ何年もすきま風が吹いているうちの家庭の雰囲気も明るくなるわ。夫婦の会話だって増えるわよ。そうしたら二人目だってできるかもしれない・・・。
そんなことを考えているうちに、エフ氏が大きな段ボール箱を抱えて戻ってきた。
「お待たせしました。こちらが本体になります」
この中に、私の家庭を救ってくれる救世主がいるのね。この発明をいったい何年待っていたことか・・・。まるでわが子を見るような目つきで、女はダンボールを愛しそうにさすっていた。
「箱の中に取扱説明書が入っているので、大切に保管してください」
「ええ、もちろんです。本当に、ありがとうございました」
丁寧に頭を下げて、女は帰っていった。
誰もいなくなった応接室で、エフ氏は不気味にほくそえみながらこう呟いた。
「クックック、うまくいった。実はあれ、ニセモノだったのだ。本物はこの部屋にある一台だけ。部屋に漂う涼しい風は、相手の言うことを何でも信じてしまうムードをつくっているのだ。おかげであの女をコロッとだますことができた。それに、私の悪事がばれることはまずない。なぜなら、あの女が買ったエアコンには、スイッチを入れるとその日にあったことをすべて忘れさせる風が流れるように仕掛けてあるのだから。この調子ならいくらでも稼げるぞ。次はどんなインチキ発明をしようか。ハハハ、発明って楽しいなあ・・・」
完
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