黄色い雪の物語
部屋は不気味なほど明るく、光に満ちていた。その日は春の暦にも関わらず、雪が深々と降っていた。
そこに、彼は居た。
それが当たり前だと言うように、堂々とした存在で、自信に満ちた笑顔を浮かべて。
とても、幸せそうに。
『今、雪が降ったら素敵ね』
あの日、真夏の太陽の下で、ママは淡々と言った。
『きっと、真夏の奇跡って言われるわよ』
ママはとっても嬉しそうな笑顔を浮かべた。
昔から、この人はそんな事が好きだった。【そんな事】とは、ありえない事、と言う意味だ。真夏に雪が降るなんて普通思いつかない。
『そんな珍しい事・・・・否、ありえない事はママが淡々と言って、笑顔を浮かべたって起こらないよ』
わたしは結構、現実主義者だった。だからママのそんなお気楽思考は、はっきり言って好きじゃなかった。
その時、ママと一緒にベランダから足を出して二人でアイスを食べていた。ママは小豆で、わたしはチョコバー。冷たくておいしかったけど、私の体が感じる温度は全く変わらなかったから、そんな言葉がママの口から出たのかもしれない。
『でも、桜もそんな淡い期待みたいなのない?もしかしたら、こんな事が私の身におそいかかるかもしれないって』
ママはブラウスの一番上のボタンをはずして言った。
『わかんない』
ベランダから出した足をしばらく見つめてわたしは言った。本当、正直分からなかった。
でも、今ならこの気持ちは分かる気がする。不思議な事、珍しい事、ありえない事、今、目の前で起こっている事、淡い期待。ママのお気楽思考は、好きではなかったけれど、淡い期待は一理あると思う。事実、目の前の見知らぬ男の子を見てわたしは、淡い期待を抱いている。
白い長袖の服。白い長ズボン。透き通った黄色の髪。上品そうな顔。整った顔であると思う。歳は16歳ぐらいだった。この人がわたしに、何の用だろう?そして、誰なのだろう?わたしは、彼の顔をじーっと、見つめた。
「勝手に上がりこんですみません」
彼は礼儀正しく頭を下げて挨拶をした。意外な態度にわたしはかしこまってしまった。
「いえいえ、そんな丁寧に・・・・、そこにでも座ってください」
「それでは、」
彼は丁寧な物腰で、私がいつも座っているソファに座った。
「以前お逢いした事がありました?」
わたしは、あえて彼の身の上を聞かなかった。そして、それを聞くと彼は申し訳なさそうな表情を浮かべて、
「分かりません」
と、言った。わたしは正直困ってしまった。ここは、不審に思って追い出すのが妥当なのだがその気が全く起こらない。どう考えても、おかしい状況なのに、やけにわたしは納得していた。彼が、あまりにもこの部屋に馴染んで堂々としていたことが理由かもしれない。
「この家はとても明るいですね」
確かに。この部屋と言わず家全体が光に満ちていた。いつもはこんな事はないのだろうけど、彼が言ったらそう見えるので不思議だ。
わたしはとりあえず、コーヒーを入れて一服つこうと思った。
「コーヒーはどうです?」
彼は笑顔を浮かべて、いりません、どうもありがとう、と言った。その笑顔は、何年も、何十年前に見た事がある笑顔のような気がした。
「雪が止むまで、雪宿りさせてください」
彼はコーヒーを入れているわたしに向かってそう言った。わたしは、少し笑ってしまった。雪宿りなんて聞いたことがない。
「おもしろい人ですね、雪宿りなんて始めて聞きました」
彼はきょとんとした顔を浮かべて、そうですか、と言った。
わたしは、彼が薄着だったことを思い出し、奥の部屋から赤いコートを持ってきて彼に掛けてあげた。
「あ、大丈夫です。寒いのは慣れてますから」
わたしは、ふーん、と思い、コートを元の場所に戻し、コーヒーを持ってリビングのソファの横に座った。
「じゃあ、暖房とかも必要ないですか?」
わたしがコーヒーを口に運びながら聞いた。
「はい、・・・・でも、桜さんが寒ければ点けて頂いても・・・・・」
・・・・・ん?なぜ彼はわたしの名前を知っていたのだろう?
「わたしの名前を何でご存知なんですか?」
彼は、思いっきり笑顔を作って私に笑いかけただけで、名前については何も言わなかった。
「・・・・桜さん、千年に一度降る雪をご存知ですか?」
「千年に一度?」
ずっと昔、ママが雪の降った日に言っていたのをぼんやりと思い出した。
『ママは千年に一度降る雪に出会うことはこの先ないと思うけど、あなたはママじゃないから、もしかしたら出会うかもしれないね』
わたしは、千年に一度がいかにも長すぎて見当がつかなかった。
『それって、どんな雪なの?』
『不思議な雪なんだって。ママは見た事がないけど、見たら一発で分かると思う。色が違うらしいから。』
『何色?』
ママは嬉しそうに笑って、黄色の雪よ、と言った。
「ママが昔言ってました。千年に一度に降る雪は見れば分かるって、色が違うって」
わたしは、コーヒーをすすって、彼の目を見つめた。彼の瞳は透き通るような黄色の目をしていた。
「それには、裏伝説があるんです。黄色い雪も降りますが、それと一緒に幸せが降ってくるんです」
くさいこと言うなぁ、と思った。けど、彼はそのセリフにぴったりとあっていた。
「幸せが降ってくる、って具体的にはどんな事なんですか?」
彼は、窓の外を見て、私の顔を見た。そして、笑顔で言った。
「逢いたい人が会いに来てくれます。その人が何処に居ようと、たとえ、死んでいても、逢いに来てくれます」
彼はそう言って、ゆっくりと立ち上がり、リビングの窓を静かに開けた。雪が降っていた。冷たい風が、わたしの頬をゆっくりとなでて行った。髪が冷たい風になびいた。カーテンが小さく揺れた。
黄色い雪が深々と降っていた。
「千年に一度しか訪れぬ日を今から始めよう。黄色い雪よ、幸せを降らせ」
彼は、丁寧に窓の外に向かって言い、空を見上げた。そして、息を深く吸い、黄色い雪となり、空へと高く舞い上がった。
「ありがとう」
私は小さく呟いた。彼も、最後に小さく、ありがとう、と言った。
その時、部屋のチャイムが鳴った。
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