才能
エフ氏は、一見するとどこにでもいそうな中年の男だった。これといった特徴もなく、もう何十年も一緒に暮らしている妻からも、「あなたって印象の薄い人ね」といわれる始末。しかし、そう言われても腹を立てることもなく、エフ氏は平凡な毎日を送っていた。
そんなある日、エフ氏は一枚の広告に目をとめた。やけに派手な色で装飾されたその広告には大きな文字で「才能のほしい方大歓迎!」と書かれており、タレント募集の公告かとエフ氏は思ったが、どうも違うようだ。どうやら、自分の手に入れたい才能を与えてくれるらしい。よくわからないが、文章だけ読むとそういう意味にもとれる。エフ氏は何十年かぶりに好奇心をそそられた。地味な自分でも何か特別な才能を手に入れられるかもしれない。そう思うとわけもなく気分が高揚してくるのだった。
次の日、エフ氏はさっそく広告に書いてあった住所に足を運んだ。そこには何かの研究所らしき奇妙な外観の建物が建っていた。あたりには異様な雰囲気が漂っており、エフ氏は中に入るのをためらった。だが、せっかく見つけたチャンスだからと、思いきって中に入ることに決めた。
研究所には、なんとも形容しがたいにおいが立ちこめていた。薬品のにおいのようだったが、エフ氏にはそれが何のにおいなのかわからなかった。異様な雰囲気に圧倒されてしばらく動けないでいると、奥から白衣を着た男が出てきた。どうやらここの主らしい。
「ようこそいらっしゃいました。きてくださって光栄です。何しろひさしぶりのお客様なもので」
と、博士はいった。ボサボサの髪の毛にはところどころ白いふけが浮かんでいる。
「広告を見てきたのですが・・・」
エフ氏はおずおずといった。
「ああ、あの広告ですね。いろんな地域に配ったのですが、こうして実際にきてくださったのはあなただけです」
博士はうれしそうに言った。
「本当に、自分の好きな才能が身につくのでしょうか?」
「ええ。犬を使って実験したところ、ほぼ百%の成功率でしたので、人間にも効果があるはずです。もちろん、それなりの費用はかかりますがね」
「お金ならいくらでも出します。ですから、今すぐにでも手術してください」
「あなたもせっかちですね。それで、どんな才能がほしいのですか?」
「人の上に立つ才能です。今まで人から慕われるということがなかったもので」
「わかりました。それでは、さっそく手術室にむかいましょう」
一時間後、二人はふたたび研究室にもどっていた。
「本当にこれで才能が身についたのでしょうか。まだ実感がないんですけど」
「すぐには判断できませんよ。一週間たったらまたいらしてください。その頃には、あなたの人生は劇的に変わっているでしょう」
「きょうはありがとうございました。では、失礼します」
そう言って、エフ氏は研究所をあとにした。
一週間後、エフ氏はふたたび研究所を訪れた。博士は笑顔で出迎え、そしてこう聞いた。
「どうです。その後、何か変化はありましたか」
「それが・・・。まるで変わらないんですよ」
「それはおかしいですね。一週間後にもう一度いらしてください。今度こそ手術の効果が出ているはずです」
「・・・わかりました」
しかし、一週間たっても、エフ氏の生活に変化は起こらなかった。研究所に行って博士に抗議したが、効果はそのうち出るの一点張りで、まったく要領を得ない。結局、エフ氏は一年間も研究所に通いつづけ、数十回もの手術を受けた。
ある日、連日の研究所通いにいい加減うんざりしたエフ氏は、博士にこう言った。
「博士、一体いつになったら才能が身につくのですか。いっこうにそれらしい気配が見られないのですが」
「何度も言っているように、この手術はすぐに効果の表れるものではないんですよ。気長に待ちましょう」
「気長にって、最初の手術から一年もたっているんですよ。ここまでくる交通費だって馬鹿にならないのに」
部屋の中に気まずい沈黙が流れた。エフ氏は興奮しすぎた自分を少し反省した。
部屋の中に漂う重い雰囲気を、博士の奇妙な笑い声が吹き飛ばした。
「ハハハ、なるほど」
「どうしました?」
「やっぱり、手術は成功でした」
「どういうことです」
「あなたは、もうすでに才能を手に入れているんですよ」
「どんな才能ですか」
こみあげてくる笑いをやっとこらえて、博士は言った。
「我慢強い才能です」
完
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